みなさんこんにちは ウォーブルレコードプロデューサーの酒井です。

 

夏も終わりに近づいた今さらですが、今年のテーマは「調和」だったのかなと感じています。

なぜかというと、先月の7月11日発売の「クリスタルボウルセルフチューニング」も大きなテーマは

「調和」でした。それ以来というか、それ以前からかもしれませんが、「調和」という言葉や、

調和に関する状況が周囲にも伝染して発生するようになりました。

今もまさに、「調和」がテーマの制作物に取り掛かっている真っ最中です。

そして「調和」に関する情報もあらゆるところから入ってくるようになりました。

まさしくシンクロを実体験している最中です。

 

ある本で、「音楽は調和を語るもの」とありました。

音楽の中には、

天籟(てんらい)、地籟(ちらい)、人籟(じんらい)

と3つの音楽があり、天籟とは星や雲が奏でる音楽、地籟とは自然の水や海、草木が奏でる音楽、

人籟とは私たちの歌声や楽器の音楽とありました。

この3つが一緒になった時、調和を体感することができると。

 ※和泉さんにはあるイベントで「天地人」のジャケットを製作してもらいました

  こういうのもシンクロなんです

 

さらにここでもシンクロです。

和泉貴子さんが湘南の七里ヶ浜で開催する9月10日(土)11日(日)に開催するセミナー

では、海辺での演奏もあるとのことでした。

 

天籟として雲の動きや太陽の動きの中に音楽を感じ、地籟として波の音や風の音楽を聞き、

人籟としてクリスタルボウルの音楽を聞く。

 

これこそ調和を体験するには最高の環境なのではないでしょうか。

調和と聞くと「悟り」のような意味に聞こえるかもしれません。

実際、調和を感じることは、悟りと同じ感覚なのかもしれません。

ただそれが、音楽を聞くことでできるということが素晴らしい

と思います。

七里ヶ浜のセミナーは共感覚のセミナーですが

「自分と宇宙の調和」という共通点があります。

 

「調和」を体感したい人は是非参加してみてください。

🌟🌟🌟↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓🌟🌟🌟

http:// http://synesthesia.izumitakako.jp/1day/

 

こういうシンクロは本当に別次元の何かが後押ししているとしか思えません。

本当に私たちへの「調和」へのサインだと思います。

この波にみなさんも一緒に乗ってみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月27日の日曜日、和泉貴子先生の「共感覚マスター講座ベーシック」が開催されました。新しいクリスタルボウルの演奏もあるということで、少しだけ見学させて頂きました。
 
共感覚とは複数の五感で感じる能力の事、この能力がウソを見抜いたり危機回避能力をあげたり、最良の選択をするのにとても役に立ちます。
このセミナーは共感覚者である和泉先生が、自身の経験を踏まえてみなさんに共感覚能力の扉を開いてくれる実践型セミナーなんです。
 
「みなさ〜ん そろそろはじめますよ〜」
いつものようにホンワカムードでセミナーは始まります。



共感覚というものが、どういう時に役立つのか、どんな風に共感覚を身につけるのか、簡単なレクチャーがあります。
そうすると、右脳 変性意識 脳波が大切だという事がわかります。右脳と脳波はわかるけど変性意識ってなに?

変性意識とは寝ているか寝てないかの中間ぐらいの状況で、瞑想状態と非常に似ている意識の事だそうです。


「じゃあ 変性意識を体験してみましょうね〜」
和泉先生のクリスタルボウルによって あっという間に(10分もたってないのではないでしょうか)変性意識へ・・・・・・
普通、この変性意識(瞑想状態)になるのが大変なんですが、クリスタルボウルの音色だと、豊かな倍音とバイノーラルビートですぐに変性意識になります。
催眠などと違って、自分の力でその状態に入れるのがうれしいですね。

 
「どんなふうでしたか〜?」
皆さんいろいろな意見がありました。ここで何となく自分の得意とする感覚がわかるようです。この講座の特徴は、和泉先生を交えてみんなで意見交換する事で、どんどん能力の扉が開いていくようです。
私も和泉先生から「何となく◯◯な感じ」は気のせいではなく、「この感覚の時はこうなんだ」と認識する事が大切で、それこそが共感覚ですよ。と言われた事があったので、参加者が体験をシェアすることはすごくいいことだと思いました。
 
「新しいクリスタルボウル」
和泉先生から新しいクリスタルボウルを紹介されました。プラクティショナータイプといってボウルの底部に持ち手がついており、持って奏でると360度どこからでも音が出せる様になっています。持ち手を直接体に当ててサウンドヒーリングなどに使う事も出来るそうです。少し触らせて頂きましたが、このクリスタルボウル「感度がめちゃくちゃイイ」。たたいて少しこするだけで「音がうねって飛び出していきます」。打音もとてもやさしくて、心地よいです。
参加者の皆さんも、この音色が心地よすぎてびっくりしていましたが、この音色を体感するだけでも講座に参加する意味はあると思います。

 
「体感できて、すぐに役に立つから楽しい」
和泉先生の共感覚マスター講座はまるでプライベートコンサートの様な風景です。しかし「クリスタルボウルの演奏」だけでなく、この音で変性意識に入って→共感覚を感じて→日常ではこう使う→そうするとこうなります。としっかりとしたストーリーがあって、必ず体感させてくれて説明してくれるのです。セミナーでありがちなのが「あとはあなた次第ですよ」というパターン。和泉先生はひとりひとりの特徴や体験、もしくは問題に対してアドバイスをくれるのが、他のセミナーとは大きく違うところでしょう。また、参加者が言いたい事を先生に対して言える雰囲気を作り出してくれるのも、和泉先生の人柄のおかげだと思います。
このブログをお読みの方で、和泉先生を「まだ知らない」「会った事がない」という方は、一度セミナーなどに参加してはいかがでしょうか。絶対おすすめです。 

和泉貴子先生のHPはこちら
http://www.izumitakako.jp/




 

みなさん、こんにちは!
さえずり通信制作部の石塚薫です。
本日は有賀先生に続き、山岡尚樹先生のセミナーの様子を
私、石塚薫がレポートしたいと思います。
今回、山岡先生のパートで一番の関心事は何といっても、
「脳気法」
先日のブログで山岡尚樹先生の「願望実現する為の奥義」をセミナーで紹介してくれるという話題を書きました。
今までのイメージ気功ではイメージして発生した気を、
目的別上丹田、中丹田、下丹田に入れ、
それぞれの丹田に入った気をエネルギーとして願望実現へ向かっていくというメソッドでした。

山岡先生はいいます。
「願望実現するためには肉体を動かさなくてはダメなんですよ」

初お披露目となったメソッド「脳気法」は、
イメージしたエネルギーを頭のてっぺんから入れて、
上丹田、中丹田、下丹田と通して、最後に下丹田にしまい込むというもの。
「腹をくくる!」という意味もあるのかもしれません。


山岡先生も、ずーっと
「願望実現する人としない人の差はどこにあるのだろうか?」
と考えていたそうです。
ヒントは意外に近いところにあり、
下丹田に落とし込む事は「動く」というエネルギーに変える事ができる
という結論に至ったそうです。

上丹田、中丹田、下丹田とも役割はありますので、
「エネルギーの分配をしなさいよ、その中でも下丹田には必ずエネルギーをいれるように!」
といっているような感じがしました。

今回の「脳気法」は時間の関係でさらっとしたワークしか出来ませんでしたが、
年末発売予定の書籍ではしっかりと紹介されるようです。

毎回思いますが、山岡先生の「気を感じるワーク」はいつも盛り上がりますね!
だって、はじめて5分で気を感じられるようになるのですから。

個人的にはこれからも「気」を中心としたワークに参加してみたいです。
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こんにちは石塚薫です。
今回も「14歳の論語」の原稿(未発表)よりご紹介したいと思います。

14歳の論語
「 本当の友達って何?」

 心が落ち込んだとき、いろいろなことで悩んだとき、親にも先生にも言えないこと
があるとき、そんなときに相談相手になってくれ、悩みを聞いてくれて一緒に力になっ
てくれるのが本当の友だちです。皆さんにはそんな友だちがいますか。いなければそ
んな友だちを作らなければなりません。そんな友だちがいれば大事にしなければなり
ません。本当の友だちは君を助けてくれるだけでなく、君が人間として生長していく
うえでなくてはならない存在です。ではそんな友だちとどのように付き合っていけば
いいのでしょうか。孔子はどのように教えているのでしょうか。ある時、弟子の子貢
が友人との付き合い方について、孔子に質問したことがあります。これに対して孔子


忠やかに告げて善く之を道びき、不可なれば則ち止む。自ら辱められること母し(顔
淵編23章)
と教えています。つまり

友人に対して心に思うことをそのまま偽りなく告げて、友人をよい方向に導いていく。
これが正しい付き合い方であるが不幸にして友人が自分の忠告をきいてくれなければ、
それは仕方ないからそこでやめた方がいい。それ以上に無理してくり返し忠告すると
友人に嫌われたり、自分が友人から恥かしめをを受けるようになる。
と教えているのです。

 孔子のイメージとしては、「友人が改めなければ改めるまで友人に意見を続けなさ
い。それが本当の友情であり友人に対する態度だ」というように考えるかもしれませ
ん。しかし決してそうではないのです。真の友人であっても一定の距離をおかなけれ
ばならないといっているのです。それ以上ですぎたことをしないのが真の友人との交
わりであると教えているのです。友人に対して余りうるさく忠告をくり返すと、自分
では誠心誠意を尽くしているつもりでも、かえってうるさがられきらわれることにな
ると教えているのです。
かといって早々と見切りをつけて縁が切れてしまうのも考え
なければなりません。正しい忠告というのはむつかしいものです。友人が自分の忠告
に耳を貸さなければ無理強いせずに忠告をやめる。これは考えようによっては友だち
がいのない態度と思われるかもしれませんが、友人を尊重すればこその態度であって
友人を見捨てるわけではありません。友人との関係は主従関係や血縁関係にしばられ
ない、本質的には自由な人間関係に基づくものであるゆえに、友人の個性や意志、人
格を尊重した上での交際でなければならないことを孔子は教えているのです。それだ
けに忠告の方法も考えるべきであり、あまり人前でやることは好ましくないと思いま
す。

私が14歳の中学2年生のときのことで大きな失敗をしたことがあります。私が一番
親しかった友人が、私の片思いだった女の子にいたずらをしたので、私は多くの人の
いる前で何回もその友人に弱い女の子をいじめたり、いやがらせをするのは男らしくない
といって忠告しました。それ以来その友人と僕は不仲になりました。女の子をいじめ
た友人も悪いですが、それを人前で何回も忠告した私にも悪いところがあったのです。
私は友人を失ったのは自分の責任だと大いに反省したことがあります。その後大人に
なって読んだ本の中にこんなことがありました。

みなさんもご存知のヤクザの大親分であった清水次郎長にある人が、「あなたにはあ
なたのために命を惜しまないという子分がたくさんいますが、子分に対して何か気を
つけていることがありますか」と聞いたのです。すると次郎長親分は、

いくら子分でも人の前では絶対に怒らないことにしています。また同じことで意見す
るのは1回だけにしています


と答えたのです。これは友人に対する忠告の場合に大いに参考になることですし、ま
たあなたたちがやがて親となって自分の子どもを育てるときにも大いに参考になるん
じゃないでしょうか。

前回でもご紹介した、14歳の論語(残念ながら出版できませんでした)シリーズの
「夢をもつこと」というタイトルの原稿です。

独特の解釈ですが、私はとても大好きです。ここに紹介したいと思います。

「14歳の論語」


夢をもつこと

 大リーグで活躍している選手、海外でプロゴルファーとして活躍している
選手を知っていますね。そしてその選手らは、小学校や中学校の卒業記念の寄せ書きに
大きくなったらアメリカのマスターズで優勝する」と書いてあった
というエピソードを聞いたことはありませんか。そうです、りっぱな大人になるため
には、また人としてりっぱに成功するためには、夢をもつことはとても大切です。別
の言葉で言えば、「将来はこうなりたい。大人になったらこうしたい」という志を持
つことです。その夢や志が有るか無いかの差が、成功する人間と成功しない人間の差
になるのです。なぜかというと、夢や志がないと人間は努力をしないからです。努力
しない人は成功することもなく、りっぱな人になることもできません。

  では努力とはどういうことでしょうか。努力するということについて。孔子は
「之を如何んせん、之を如何せんと曰わざる者は、吾之を如何おもすること末きのみ」
(衛霊公16章)という言葉で教えています。一所懸命に物事を考えて「これはどう
しよう、これはどうしよう」と悩んで答えを見つけようとすることが努力だと教えて
いるのです。そして孔子は、そのような努力をしない人はいくら自分が教え導こうと
思ってもどうすることもできないよといっているのです。夢や志にむかって努力しな
い人は、どんなりっぱな先生や指導者がいてもどうすることもできません。孔子です
ら努力しない人には手の施しようがないよといって嘆いているのです。


 夢や志というものはぐらついてはいけません。確固たる者でなければなりません。
固い夢や志を持っている人は、生き方に迷いもありません。苦難に直面してもくじけ
ません。努力することを忘れることはありません。志は強いものでなければならない
ことを、孔子は
「三軍も師を奪う可し。匹夫も志を奪う可からざるなり」(たとえ大
軍に守られている総大将であっても彼を奪い取ることはできる。しかし、たとえ身分
の低い一人の男であっても志を持っているのであれば、その志を奪い取ることは誰に
もできない)という言葉で教えています。


でも今の君たちは、確固たる夢も志も持っていないかもわかりません。
でも、
だからといって悩むことはありません。日頃から孔子が教えている「恕」(思いやり)
や、「忠」(まごころ)や「
義」(正しいこと)を大切に生きているならば、近い将来に
必ずや確固たる自分の夢や志が自然ともてる
ようになります。

 曹洞宗を開いた道元禅師は、「人間は必ず死ぬという」ことを知っ

ている人だけが、志をもつことができる」といっています。つまり、死ぬことを知っ
ている人のみが、限りある命をどう生きるかを真剣に考え、人生に緊張感がでてきて、
夢や志をもつことができるようになるのです。これも今後のみなさんの参考にしてく
ださい。

前回、論語についてブログに書いたら
好評でしたので、続けて書いてみました。

ここに紹介する論語は、
前回の論語塾の先生と出版社で
「14歳の論語」という内容で、
思春期にある中学生が
読んで解りやすい論語の本にしよう
ということで、書きためてもらったものからの抜粋です。

先生の健康上の理由により、
出版は叶いませんでしたが
貴重な原稿でしたのでここに紹介したいと思います。

以下当時の原稿より抜粋

14歳の論語
「好きな人に気持ちを伝えたい」

 みなさんには誰でも好きな人はいますよね。
それが親であったり、
兄弟姉妹であったり、
友人であったりとまちまちでしょうが、
好きな人は誰にでも居ると思います。

ところが恋をしたことがあるかというと、
その経験のある人もいれば
いない人もいる
と思います。

でも長い人生では、
遅かれ早かれ
誰も恋を経験するものです。

そのとき
、その想いを相手に
分かってもらうというのは
なかなかむつかしいこ
とです。

どうやっ
てつたえたらいいのでしょうか?
どうやったら相手に伝わるのでしょうか。

源氏物語
や万葉集の時代には
郵便制度もなかったので、
短冊に歌を書いて、
それを相手に届け
恋の想いを伝えていたのです。

風流でしたね。

郵便制度ができると、ラブレターと
よばれる手紙にして伝えるようになり、
電話ができると電話で伝えるようになりました。
最近ではほとんどメールで伝えるようになりました。


このように時代とともに
想いの伝え方というものは変わってきまし
た。

時代によっ
て変わらないのには、
人を想う恋心ですね。

恋する心は、
平安の昔も今の人の想いも一緒なのです。
ではどうすればその想いが相手に伝わるでしょうか。

それには早道や
テクニックはありません。
ただ一途にまごころから相手を
想うことなのではないでしょ
うか?

そうすれば必ず想いは伝わります。
坂村真民という詩人の言葉に
「念ずれば花
開く」という言葉があります。
また、昔から「
思う一念岩をも通す」という
諺のよう
に、まごころから真剣に相手を
想う心があれば、
その想いは必ず相手に通じます。


孔子も相手をまごころから
想う心がいかに大切であるか、
そしてその心があれば
必ず相手にそれは通じると教えています。



子窄編 32章に
「唐ていの華、へんとして反る。
あになんじを想わざらんや。
室是れ遠ければなり。
子曰く、未だ之を思わざるなり。

夫れ何の遠きことか之れ有らん。」


という言葉があります。その意味するところは、

唐てい(にわざくら)の華が
美しく咲きほこっている。

その華と華は一つの茎から出
ているのに
互いに背きあっている。

それを見るにつけ離ればなれに
なっている君と僕
のことを考えます。

私は決して君のことを
思わないわけではない。

いつも心に思っているが
互いに家が遠く離れているため
そう簡単には訪ねることができないのだ

いう古い詩について孔子がいわれた。

本当に恋したならば、
どうして家が遠いことがあろうか。

想いがたらないだけだ。
し真に心が求めるところがあれば、
決して道の遠いことなど異とすべきではない
ということです。

このように孔子は、
想う心が強ければ
遠い所の相手にも通じるよう
になると
教えているのです。

何事も真剣に、
まごころを尽くす
という孔子の心がわか
ります。

みなさん「論語」って知ってますよね。
そう。中国の孔子が弟子達へ口伝の教えを
まと
めたものです。

論語の特徴はその人の
状況や境遇により
解釈がいろいろとできる
うのが最大の特徴です。

例えば学生の時に読んだ論語と、
40代で読む論語では
受け
取り方が違うということなのです。

3年くらい前にある先生の論語塾に行ってみました。

この先生は、
論語の学者でも
究者でもありません。
ただものすごい社会経験を持っています。

その先生いわく、
「論語は転ばぬ先の杖であり、転んだ後の杖だった」
と言っています。

また、強い人
間は何か?
という問いに対しても

失うもののない人間と、
ぶれない人間だ。

と話さ
れていました。

印象に残っているのは、こんなお話です。

『あるところに働きもので
面目だが貧乏で
もう食べるものもない家があった。

隣の家には柿の木があり、
柿がいっ
ぱいなっている。

子どもに食べさせるものもないので、

仕方なく隣の柿をとってみん
なで食べてしまった。

柿をとられた隣の家は役人に訴えた。

すると役人がやってきて子どもに向かって
お前はお父さんがとってきた柿を食べただろう」といいました。

子どもは「いや、柿は食べていない、
お父さんも柿なんかとっていない」
といいまし
た。』


さて・・・この子どもは正直者だろうか?

孔子はこういったそうです。

「この子どもは正直者である」

論語塾の先生はこの意味がわかりますか?
いいました。

社会に出ればこの子どもは
信頼のできる人間であるという評価にな
るだろう。

そう思いませんか?
 
「はいお父さんがとりました」
なんて言うヤツを信頼できるの
か?

それが正直というものなのか?
大切な人を守るためについたウソは
ウソではない
のだと。

大人なら「あー納得」となるのでしょうが
子供にも杓子定規でなく
このよ
うな解釈もある
ということを教えるべきであると
論語塾の先生は話
されていました。

良い悪いを決めるのは全て
自分であると考えさせられた論語でした


さすが何千年も
受け継がれてきた論語
奥が深い!

もう一度論語を勉強してみるのもいいですね!

こんにちは 石塚薫です
みなさん こんな体験はありませんか?
旅先などで急に不安になったり、なぜか違和感を感じる場所がある。何か言われたり、されたりしたのではないけど苦手な人がいる。逆に、はじめて会ったのに妙に気が合う人がいる。全然縁がないのだけれど、懐かしく感じる場所がある。 などなど
 
ある日、クリスタルボウル演奏家で共感覚者の和泉貴子さんにそのことを話してみると、「違和感を感じるときどんな感じがしますか?」と問われました。


場所で言うと私にとって違和感を感じる時には「空を低く感じている」というのがわかりました。
空なんてどこも一緒でしょ!と想うかもしれませんが、私にははっきりと高さが感じられているのです。
和泉さん曰く、これが共感覚というものであり必ずパターンがあるそうです。
そしてポイントは「空が高い低い」と言うことを気のせいとせず「しっかり認識することが大切」だと言われました。
認識することで共感覚のパターンがわかり日常に使えるようになるのだそうです。

 
もしかすると今まで感じていた「気のせいかな?」という感覚、これは気のせいではなく共感覚だったのかもしれません。
まだまだ人間には能力が隠されているものなんですね。

共感覚をもっと知りたい方、マスターしたい方
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 和泉貴子さんの共感覚マスター講座



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みなさん、こんにちは!
さえずり通信制作部の石塚 薫です。

今回は山岡尚樹先生とのチョイ飲み放談PART2

高田馬場 某居酒屋にて山岡先生とチョイ飲み
チョイ飲みといいつつ、ビール&日本酒の後にジョッキでハイボールを飲む山岡先生。私も
ビール→緑茶焼酎→ビール→レモン焼酎と「ゆらぎ」を体感中
お互いブラックアウトしませんように(笑)

ほろ酔いパート
石塚:早速ですけど山岡先生、次回の書籍の原稿のすすみはどうですか?
山岡先生:次のセミナーの後にまとめたいんだけど・・・書籍で「脳気法」というワークをまとめたいしね
石塚:脳気法? 全く新しいワークですか?
山岡先生:全く新しい訳ではないけど、今までのワークをより洗練させて効果を高めた感じだね

本気パート
石塚:次回の書籍は妄想がキーワードと聞きましたが・・・
山岡先生:そう 妄想って凄いエネルギーがあるのよ。iPhoneだってジョブズの妄想からできたし、明治維新なんて妄想の固まりの連中が革命起こしたんだからね! 妄想から世界が変わっちゃう事が現実にあるんだから、個人の夢実現なんて簡単だよね ホント小さい世界だよ
石塚:妄想というと なんか 悪い意味にも・・
山岡先生:だから その良い部分だけ使うの 脳をうまく使ってね そしてエネルギーもうまく使うの
     そのやり方、次の有賀さんとのセミナーで教えるよ それよりもう一杯飲む?
石塚:ハーイ飲みます! 

とまあ
こんな感じで飲みました。有賀さんとのセミナーではなんと新しい「脳気法」のワークを体験できます。

イメージ気功進化版ともいうべき山岡先生の「脳気法ワーク」をいち早く皆様にご紹介できると思います。

「意識をつなぐ・つくる・ひらく」は大好評受付中です!

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今回は人間の能力 透視力編です。

透視力、この能力も予知能力と同じ様に、いつも議論の的になる能力ですね。
透視力というと、「箱の中に入っている中身が見える」といった内容や、「遠い先を見る事ができる」という、いわゆる千里眼的なもの、そして「未来や過去が見える」といったこの3つの事柄を総称して言うようです。

前回に続き私的見解が多分に含まれますが、「透視力」という能力は確実に存在すると思います。
なぜかといいますと、ESPカードというのをご存知の方も多いでしょう。このカードは◯△★などの簡単な絵柄が書いてあって、それを裏返しにして当てていくというカードです。このカードで何回も透視にチャレンジしていると、正解率がどんどん上がっていくのです。これは確率論では証明できない不思議な現象です。そして、大人よりも子どもの方が正解率が圧倒的に高いのです。

このカードで正解率が高い時の状態を、自分なりに客観視してみました。すると、おおよそ次のような状態の時が正解率が高いということがわかりました。
・当てようとして考えない
・リラックスしている
・最初のカンを頼りにする

たぶんこの能力には、変性意識や瞑想状態といった脳波が関係しているのだと思います。

予知能力と同じく、透視力も人間には元々備わっている能力だと思います。ただ、カードの裏側を当てるだけならめくった方が早いし便利なので、能力が衰退していったのではないかと思います。千里眼的な能力なども、電話や手紙などといった交流手段がない時代には多くの人間がその能力を持っていたのではないでしょうか?

このように人間の能力というのは、時代を重ねるごとに変化してきたのかもしれません。
もしかすると、2000年後にはあらゆる便利なものが発明されて「人間は泳げない」となっていて、泳ぐ能力があったのか?なんてことが議論されているかもしれませんね。

次回は、人間の能力 念力編 です。
お楽しみに! 













 


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